父さんは「寡黙」な人だった。母さんが病に伏せっている間も其れは変わらなくて、ただ静かにベッドの横に腰を下ろして冷たい手の平を握っているだけ。母さんが居なくなったときもそうだ。一晩中、墓石の前に何も云わずに立ち尽くしていた。
父さんは寡黙な人だ。でも多分母さんは幸せだった。僕と二人で暮らす今でも、其れは変わらない。
ウチには大きなガレージが在って、長いこと外の光を入れていないその空間には飛行機の骸骨が腰をすえていた。鉄の骨組みは黒くくすみ、思い出したように張られた鉄板がより一層「骸骨」っぽさを強調する。
「母さんがいた時は、きらきら光っていたのに‥。」僕はそんな子供っぽい感想を、父に云えないまま毎日を過ごしてゆく。何時か、いつか父さんに云おう。
――「父さん、あの飛行機完成させて空を飛ぼうよ‥!」
父さんがフライパンの中のオムレツを返す音が部屋中に満ちていた。母さんの写真の前には、飛行機用のヘルメットとゴーグルが置いて在る。使い古された其れらは、母さんの遺品だ。母さんは昔、戦闘飛行機乗りだった。
「“セイ”も飛行機に乗りたいか?母さんみたいに。」
「え?」
ゴーグルに見とれていた僕に向かって、父さんは不意にそんなことを云った。口数の少ない父さんが飛行機のことを口にことは皆無に近かった。
「止めなさい、飛行機なんて。」
話は其れで終わる。父さんは飛行機が嫌いだ。母さんが死んだのは癌のせいであって、飛行機のせいでもましてや父さんのせいでもない。父さんは昔飛行機を造っていたらしく、戦争で沢山の人を殺した自分の飛行機が、嫌いだった。
父さんの造りかけの飛行機の手入れをするのはいつも母さんだ。
今日も良く晴れている。
靴ひもを結び直して、玄関で埃を被っている鍵をズボンのポケットに押し込む。外は清々しく晴れて、「抜ける」と云う言葉がしっくり来るような空だった。
裏に回って大きなシャッターと対峙する。南京錠の鍵穴はもうボロボロに錆びていたが、何とか自分の相方を受け入れた。後ろめたい思いが拡張させるシャッターの上がる音。外光を浴びて、足下からその「骸骨」がじりじりと姿を現す。小型機と呼ばれる其れでさえ、飛行機と云うものには圧倒される。存在感と云うのだろう。
奥からバケツやら雑巾やら諸々の掃除道具を担いで来て、もう一度骸骨を見上げる。
―― 父さん、僕がこいつを磨き上げたら飛行機の造り方を教えてよ。