47分発の品川行。タイムリミットまでは後2分、駅のホームまでは自慢の足で走っても3分は堅い。
間に合わないと解っているのだから急がなければ良いのに、点滅する青信号を目にすると駆け出さずにはいられない。渡りきった後に溜息をついて、緩やかな坂道の先を睨み付ける。駅前の雑踏の先、張り巡らされた電線の隙間から覗く赤い電車。車体に伸びる白いラインが、僅かにぶれながら前へ前へと進んで行く。
恨めしい何時もの時間、何時もの景色。
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身体を揺らす、機械的な振動。ガタンゴトンと心地良く耳に響く音と共に、窓の外の風景は流れて行く。曇りの日の其れは恐ろしく彩度に乏しく、さながらモノクロの写真のようだ。巨大なパネルを繋いだ平面的な窓の外は、魅力のカケラも有してはいない。
この機械の箱の中で唯一魅力的なものが存在するとすれば、其れは何時も同じ駅から乗って来る彼女くらいだろうか。僕のバカデカいキャンヴァス入りの鞄を邪魔者の様に睨み付けては、ヘッドフォンからシャカシャカ音を漏らし何時もの吊革に掴まる。黒のセーラー服とはとても不似合いな彼女は、何処か他人とは別の世界で暮らしている様にすら思えた。
少なくとも、僕には。
在る朝の日に、彼女は赤く目を腫らしていた。僕のバカデカい鞄に目もくれず、掴まる吊革も何時もと三つもずれている。結わいた髪の毛はボサボサだしネクタイだって歪んでいる、とても見ていられたモノじゃない。彼女のあまりの不幸顔に思わず中年のサラリーマンが席を譲ったが、てんで其の親切に気付く様子がない。数秒の間を置いて、空席があると云う事実だけを認識した彼女は、ずぼりと其の席に沈んだ。
彼女が泣き腫らした理由を僕は知らないし、知ることも出来ない。
在る朝の日に、彼女は眉間に皺を寄せて酷く憤慨していた。僕のバカデカい邪魔な鞄を物凄い形相で睨み付けて、若しかしたら舌打ちもしたかも知れない。肩から提げたスポーツバッグの扱いは可哀相なくらいに手荒で、ヘッドフォンのシャカシャカは何時もの倍程だ。取り出したケータイを一瞥して、怨みを晴らすかのように力一杯に閉じる。何時かのサラリーマンがある種怯えた様に席を譲ると、彼女は恐い顔のままで短く「結構です。」と答えた。あんまりだ。
彼女が機嫌を損ねた理由を僕は知らないし、知ることも出来ない。今回ばかりは、知りたいとも思わない。
在る朝の日に、彼女は笑っていた。幸せそうに頬を桜色に染めて、彼女の後から電車に乗り込んだ人物の方を振り向く。僕のバカデカい鞄は無いものとされ、軽やかな足取りで何時もの吊革へ向かう。何時もの吊革の隣りの其れを掴むのは、紺色のブレザーに袖を通した青年だった。彼女と同じように笑顔を絶やさず、彼女と同じようにスポーツバッグを提げている。何時かのサラリーマンは何時もと同じようにミステリ小説を読み漁っていた。
彼女が笑っている理由を僕は確かめた訳じゃないし、本人から確かめることも出来ない。憶測することはこんなにもたやすいのに。
ただ明らかなことは、彼女の笑顔の理由が僕ではないことだけだ。
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今回はちょっと何時もとは違う雰囲気で。「在る朝の日」はわざとです。文法的には凄く間違ってますが‥。
パソ子がやっと復活しました‥!!が、ペンタブのソフトやら何やらがまだインストール出来てないので絵は今のとこお預けです。其れより何より、そもそもパソコンに向かう体力が残っていない今日此の頃です‥。