熱でドロドロになった内臓を、両の手で掻き回して。
―― 全部全部棄ててしまいたい。腐った中身の一切を吐き出して、空っぽの器をきれいな水ですすぐ。どれだけスッキリするだろう。叶いそうもないけれど、少しは素直に成れるだろう。
白く濁った夜の空が鬱陶しくまとわりつく春の日。緑の葉が芽吹きだした桜の木の下で、「水来(みらい)」はぼんやりと夜を見ていた。よぎる自動車の排気ガスの、タバコみたいな不鮮明な匂い。脳ミソにこびりついた「やに」が不意に自己主張を始める。銘柄なんて、覚えていないけれど。
ケータイのサブディスプレイに目を落とせば、デジタルの表示は今正にゼロを四つ並べようとしていた。
申し訳程度に書かれた日付が変る。ただ世界に其れ以上の変化はないのだけれど。もう一月も声を聞いていない。
「アナタが水来?」
静寂を破る幼い声に、水来はびくりと肩を震わせた。見ればパーカー姿の男の子(若しかしたら女の子)が、すくりと車道の脇に立っている。中学校に上がるか上がらないかくらいの歳の頃のその子は、酷く落ち着いた眼差しで水来を見る。
「そう。キミは?」
「遥花(はるか)だよ、兎穴の主人さ。」
「兎穴」だなんて、笑って良いのか呆れて良いのか。水来はその子に歩み寄って、ぽんと頭を叩いた。淡く茶色い髪は、ふわりと柔らかい。
「それで遥花は、こんな時間に何してるの?」
「‥水来に逢いに来たんだ。アナタが強く望んでいたから。」
そう云って遥花は、水来の右手を両の手でぎゅっと握り締めた。まるで痛みを和らげるおまじないみたいに繰返す。
「意志さえ強ければ、願いは叶うよ。叶うよ、叶うよ。」
子供っぽいおまじないは、とても短くてとても暖かい。
桜の花が舞う。涙がでる。
割れたタマゴは元に戻らない。だとしたら私は、割れぬ様にと星に願おう。そうしたらきっと中身が空っぽでも、君に気付かれずに済むのだから。